ただいま札幌岳さよなら札幌岳

 札幌登高会40周年記念が小樽の朝里川温泉で行われた。翌日は札幌近郊で一番高い余市岳に登る予定が雨で塩谷丸山に変更になった。


 その翌日札幌岳へ出発した。札幌を離れて以来となるので36年振りになる。豊平の家から平岸街道を真駒内の石山と向う、昔と違い広い道路が通っている。石切山、簾舞、八剣山、小金湯..懐かしい地名のある230号を行く。

 

 定山渓温泉を中山峠方面に走らせると豊平峡の標識、ここを左に入っていく。昔は定山渓から登山口まで歩いたものである。くねくねとした道を行くとカーブの先に左に入る未舗装の細い道があるここを入るとそこは登山口の駐車場である。広い駐車場の入口近くに「冷水小屋」と書かれた小さな小屋がある登山届けはここに出す。

 

 昔の登山道がどこかまったくわからなかった。昔より奥に登山口が出来たようである。駐車場の奥から登山道が始まるすぐに左に沢筋にでる札幌岳に最初に来た時、ここを左か右かを考えた所だった。当時は今のように樹木が生い茂り沢筋が狭くなく開けた場所であった。

 

冷水沢の右岸から川の向こうに冷水トンネル手前にある駐車場が見える。沢沿いの道は倒木があり、昔もあったようななかったような記憶もあいまいにながら進む。

 

小屋の近くで左岸に渡った所で記憶が突然甦った。もう少しで小屋だと思っていたら小屋の屋根が樹木の間から見えた。


 小屋は黒ずんでいて当時の木の色が殆んどなくなっていた。枯れ沢を渡って小屋へ、目の前に水場がある。冷たい水が管から勢いよく出ていた手を付けるとすぐに手がしびれてくる。昔と同じだインターネットではこの水は飲めませんと書いてあるとあったが、そんな書き物はどこにも見えない。昔はガブガブ飲んでいたものだ。今回は一口飲んで見た当時と同じ味かどうかはわからなかったが、冷たくて美味しかった。


 小屋は平日で鍵が掛かりおまけにチェーンを巻きつけてあった。ドアのガラス窓には板が打ち付けられてどこからも小屋へ入ることができない。本州の山小屋は避難小屋の性格を持っているものが多いが北海道の小屋はどうなのだろうか。南・北アルプスなどの小屋は管理人がいない季節に小屋を開放したり一部開放といった処置を取っているが、小屋前の石に腰掛け懐かしい思い出を甦らせた。


 小屋からは少々急になるがすぐになだらかになる。小屋から上は熊がでることが予想されるので鈴とホイッスルを鳴らしながら歩く。思い出すのはこの上の笹が多くなる場所で、風が急に吹いたり、鳥が急に飛び立ったりするとドキッとする。あの時と今も変わらない、当時と変わっているのは倒木が多いということと樹木が多くなっていることか、笹が多くなりなだらかになると山頂である。


 今日は天気がよく遠くまでよく見える。羊蹄山はやはり美しく姿だった。山頂にある岩は今もそこにある。ここへ来ると必ずこの大岩に腰掛け、時にはこの上で横になったものだ。

 

 貸切の山頂もいいものだが、36年ぶり36年ぶりだよと話す人も無く心の中で帰ってきたよと山頂で独り言をいう。人に自慢したい自分がいるが何故か寂しい気持ちになる。


 景色を見ながら小屋の水でコーヒーを沸かす。温かいコーヒーが美味しかった。もう来ることがないと思うと、寂しさが胸にこみ上げてくる。風も冷たくなってきた帰ろう、後ろ髪を惹かれるようにして山頂を後にする。


 山頂の標識は粗末なもので、もう少しましな標識を札幌市で立ててもいいような気がする。札幌の山の会はそのような努力をしてもいいような思いをした。また山道も倒木などの処理をして安全で歩きやすい環境にしてもいいように感じた。

 

 特に山小屋を管理している北海学園大学はその努力をすべきともの申したい。山頂標識や山道途中の標識は北海学園で用意をしボランテアをつのればすぐ集まってくると思うのだがいかがなものか。


 帰りは源泉掛け流し100%と宣伝している豊平峡温泉で汗を流して帰路についた。懐かしかった札幌岳に登って本当によかった札幌岳は私にとって登山の原点でもある。札幌登高会40周年記念行事の時に登れたのもよかった。

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